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いつもはネット活用や地域活動に関わるエントリーを書くわたくし岡坂ですが、今日は珍しく情緒的な文章を書いてみようと思います。

 

 

さて、タイトルは「25歳の僕が考える人生のコト」とありますが、具体的に僕の人生設計を語る訳ではありません。

ただ、僕的に大切にしたいコトが一つありまして、25歳というキリの良い数字で書いておこうと思い、書き始めました。

 

まえがき

 

最近よく感じることがあるんです。

Facebookって子どもの写真めっちゃ載ってるじゃないですか?

それ見て、メチャ可愛いなーと。

「あ、笑顔も父ちゃんに似てるやん」とか思いながら笑

そして、僕の兄弟にも子どもが生まれ、遊んでてメチャメチャ可愛いなーと。

 

僕はもともと子ども好きなんですよ。

 

だから、

他人の子が可愛いくて、

友人の子がメチャ可愛いくて、

親族の子がメチャメチャ可愛いなら、

自分に子どもが出来たらどうなっちゃうんだろうと最近とても考えます。

たぶんデレデレしすぎて溶けます。

 

 

 

 

そして、大切にしたいコトは子どもに大いに関係します。

 

その大切にしたいコトとは、

「人生、3度きり」

という考え方。

 

簡単に言うと、

この世に生を受け、パートナーとの子を授かるまでが1度目。

我が子を育て、我が子が子を授かるまでが2度目。

孫が生まれてから、自分の命が尽きるまでが3度目。

そういう考え方です。

「人生、一度きり」のオマージュです。

 

20歳くらいから、人生観としてイメージしてます。

 

正直いうと、名言的にビタっとくる言葉はまだ見つかってないです。

このエントリーを書くときにも「人生は3回楽しめる」「1人生 for 3」…と色々迷いました笑

 

 

 


 

さて、なぜこの「人生、3度きり」を大切にしたいか。

 

最大の理由は。自分の子どもや孫の誕生が楽しみだから。

子どもが好きだから、子の誕生、孫の誕生が自分の人生を俯瞰した時に立ち位置を知る良い指標になると考えています。

 

 

また、この考え方によって3つの視点を得られました。

 

1つは、自分の過去をしっかりと整理できること。

2つ目には、楽しみが増えたこと。

最後に、各世代の意見を尊重できるようになったこと。

 

 

 

 

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1. 自分の過去をしっかりと整理できる

どんなに豊かな人生でも嫌なことの一つや2つはあるでしょう。

僕だって消化しきれていないことがいくつかあります。

でも、嫌なことの大部分は「忘れる」ことで解決できます。「忘れる」は一人で解決できる手段なのでとっても楽です。

 

ただ、忘れてしまうと自分が嫌だったことを我が子にも経験させてしまうかもしれない。

 

自分が嫌だったことは避けさせてあげたいし、自分が上手くいったと思うことは学ばせてあげたい。

参考になるのは自分の経験だけではありません。友達や統計や諸理論と見比べて、僕の経験が万人に共通するのか、特殊なケースなのかを見極めることで、我が子に活かせるのかを把握することができると考えています。

 

 

僕が思う嫌なことの第一位は「説明しない理不尽」です。

たとえば、大人の都合で対応できないことをたいした説明もなく「まぁ飲み込んでくれ」と言う。

ウチの親が僕に理不尽を強いることは少なかったのは救いですが、世間一般に「子どもは単純だから」「理解できないことを言っても意味がない」と認識されているので説明もなく子どもの悲劇に幕を閉ざさせることは多い。

そして、理不尽を被るのは、たいてい「良い子」と思われてる子なんですよね。

 

世の中理不尽だらけなので、理不尽を味わない人生を歩ませようなんて考えはないですが、なるべく説明した上で理不尽を咀嚼してもらおうと思っています。

その上で親としてフォローする。

 

 

説明するためには、やっぱり自分の経験と知識をしっかりと整理する必要がある。

だから、我が子を思うと自分の過去を整理する必要があります。

 

 

 

ちなみに、子どもはホントに大人を見てますよ。

「ごめんな、大人の事情であかんから、〇〇せんといてな」と言うと、大人にとってアウトな行動からやり場のない感情に昇華してくれます。かわいそうだけど。大人の事情がなにやら嫌なものと理解できるんですね。

 

子どもは大人とは別の生き物ではなく、理性のない人間(=素直過ぎる大人)ですから。

そんな子どもに理性を突きつけまくった結果が、僕らの世代が「さとり世代」と言われるゆえんなのかなと考えたりもします。

 

 

さらに余談。

もし自分が説明できないのであれば、自分の常識を疑ってみると良いのではないでしょうか。

説明できない「感情」を理由にして叱ったり縛り付けたりするのであれば、子どもの「感情」も同様に尊重されるべきだと僕は思います。

 

 

 

 

 

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 2. 楽しみが増えた

「人生、一度きり」だと思っていたものが「3度」あるんですから、楽しみだって増えます笑

 

突然ですが、僕は音楽が苦手です。

僕は多趣味な人間ですが、音楽に関するものは全く趣味として挙げられないです。

カラオケでも基本的に歌えれないです。リズムさえ微妙なので笑

(ここ1年でやっと4拍子を取れるようになりました!やったーー!!)

 

そんな音楽苦手な私ですが、楽器を演奏したい願望はあるんです。

特に我が子とセッションなんてすごい素敵だと思ってます。

 

だから、今はじめるんじゃなくて、子どもが生まれたら一緒に勉強しようかなと。

息子がピアノで、僕がウッドベースで、ジャズを一緒に演奏します。

 

基礎の基礎から学べるし、ライバルとして切磋琢磨できるし、一石二鳥かなと。

 

僕がやってこなかったことだけでなく、僕が親にやってきてもらって嬉しかったことも実現したい。

キャンプとかキャッチボールとか。

それも楽しみ。

 

孫ができる頃には、

おじいちゃんおばあちゃんにやってもらって嬉しかったことや、

僕自身が親として僕の両親と子育てをして良かったことを、我が子と実践したいと思っています。

これは第二の人生で整理・発見しなければならない課題。

 

こんな風に楽しみが二重三重で見えてくる。

祖父母や親の経験が僕に重なり、僕の経験が我が子・孫に重なる。

 

あー、楽しみ。

 

 

 

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3. 各世代の意見を尊重できる

いろいろと重なることを前項で話しました。

 

いろいろ重なっているのは僕だけではありません。

誰でもいろいろ重なっています。

 

40代の人は、僕のまだ経験していない30代を経験していますし、もちろんその人なりの10代20代を経験してます。子どもを育てていれば、子育てや子どもが生まれた後の親との関わりも知っています。

 

老害いう言葉で、老人のある一面を一義的に捉えられることがありますが、

ヒトとして基本的なルートを辿ってきた人の行動であれば、その人の人生を汲み取って行動理念を垣間見ることもできます。

(もちろん全てを享受できるわけでもなく、システム的にこれは老害と言わざるを得ないなぁと思うこともあります)

 

一個人だけではなく、世代の偏りをみても、「子育てを経験したらこういう考えになるのか」と思案します。

 

 

例をとると、

お城巡りや神社仏閣探訪のような歴史・文化探求をしている旅行者。だいたい高齢者です。

若くないから、あまり体を動かさなくても良い趣味を持ったというのも一理ありあますが、

人生でアレコレを経て、その経験・知識が繋がり、歴史・文化系を楽しめるようになったんじゃないかなと推測します。

 

そう考えると、若いうちの経験は将来的にいろいろ繋げられるし、趣味は浅くとも早めに始めて損はない。

そんな訳で僕は浅く多趣味にアンテナ張ってます。

 

実際、お年を召した方と話すと、若いからなんでもできるねと言われます。

僕もそう思います。というよりそう思い込んでやってます。

この件に関して、NHKの番組で山本寛斎さんが良いことをおっしゃってましたのでご紹介します。

「若者が山本寛斎に勝ってることはゴールの長さ。70歳の寛斎は30年の計画を立てられないけど、若者ならそれができる。」

 

 

少し話がそれました。

 

各世代の意見を尊重することは、自分の道標になります。

一個人の意見は精査しなくちゃいけませんが、大多数の意見ならそれは真理に近いんじゃないかなと思います。

 

子育て世代が子ども大事と言うなら、やっぱりどの世代でも子ども大事だと思わなきゃいけないでしょうし、

後期高齢者がどんな状態でも死にたくないと願うのであれば、やっぱり自分の命は掛け替えの無いものなんでしょう。

中学生が「私はまだ子どもだ!」「子供扱いするな!」と論争するのであれば、おそらく子どもでも大人でもないんでしょう。

 

 

各世代の意見を尊重すると、世の中を傍観する甲斐があります。

 

 

 

 

最後に、僕の夢を公開します。

 

庭先には味のある木が花を咲かせ、そのそばで孫たちが無邪気に遊ぶ。

縁側ではパートナーとお茶をすすりながら笑ってるおじいちゃん。

 

これが最終目標。

たぶん小中学生くらいから変わってません。

 

これを達成するために、

庭のある家を買うか、実家を守らなくちゃいけません。

味のある木も育てなきゃいけないですし、我が子が結婚して元気な孫を産んでくれるよう育てないといけません。

そもそも、おじいちゃんになっても縁側で笑ってくれるパートナーを見つけなくてはいけません。

 

あー、忙しい。

これはとにかく動け働けというお告げに違いありません。

 

はぁ、こりゃ大変だな

親ってすごいなー

 

 

 

 

この記事を書いた人

岡坂 遼太おかさか・りょうた/理事長
新温泉町出身、在住。
大学進学で東京へ行き、理系の大学なのになぜかメディアアートや広告を勉強する。卒業後、帰ってきてNPO法人あっと但馬を立ち上げた。
ブログではネット活用をメインにアイデアの種や地域活性化の種をバラまき続けている。
趣味が多い。マウンテンバイクなどのアウトドアから陶磁器集めなどのインドアまで幅広いので、ブログのネタにしたいけど読者に求められていないので控えている。
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